オフィスをはじめとする室内で、快適に移動することができる車椅子のようなオフィスチェア「Weltz(ウェルツ)」が、株式会社オカムラから登場しました。
障害のあるワーカー、高齢のワーカーなど、働く人も多様化していく時代。
誰もがいきいきと働くために、必要なものとはなんなのでしょうか。
今回はWeltzの企画・開発を担当した高橋卓也さんにWeltz開発までの経緯について伺いました。
「オフィスチェアに車椅子用車輪をつけて」

Weltzはどのようにして開発に至ったのでしょうか?
高橋さん(以下高橋):Weltzを開発する前に、株式会社オカムラでおつきあいのある、ある会社から要望があったのがきっかけです。
その会社でCADオペレーションをしていた車椅子ユーザーから、座り心地のよいオフィスチェアに乗り換えて仕事をしたいという依頼がありました。
車椅子からオフィスチェアに移乗しやすいように座面の回転機構をなくし、フットサポートをつけた椅子を提案しました。
しかし「トイレに行くとか、会議室に行くとか、ちょっとした移動が大変」という声がありオフィスチェアに車椅子の車輪をつけたものを開発しました。
車椅子の座る部分がオフィスチェアになっている特注仕様の椅子で、Weltzとは全く違うものだったんですよ。
様々な人に合わせられるように作ると、どうしても高くなり、車椅子になってしまいます。
オフィスチェアを欲しがる車椅子ユーザーがいるのはわかりましたが、車椅子を使っている人の中でも歩ける人がいることは知りませんでした。
そのため、自分の足を使って座ったまま移動できる椅子の、製品化を目指したWeltzの開発が始まりました。

Weltzは実際にオフィスで働いている方の声から生まれたんですね。
高橋:私は学生時代、人間工学を研究していました。
身体に負担の少ない机の研究をしていたんですが、研究室には介護用・介助用のリフターや介護用ベッドの研究している人もいました。
福祉には比較的身近な場所にいたと思います。
株式会社オカムラに入社してからは、オフィス家具の企画に携わっており、福祉や介護の現場に関わることはあまりありませんでした。
それでも、上記のような体験を通して、オフィスや働く場において、「座ったままで移動しやすい椅子がほしい」というニーズがあることを改めて実感しました。
あくまでオフィス家具メーカーとして
高橋:「車椅子」と考えると、ブレーキをつけようとか、後ろから押せるようにハンドルをつけようとかいろんな機能が出てくるんです。
ただ全部の機能を付けてしまうと、それは椅子ではなく車椅子になってしまう。
一般的な車椅子は移動性に優れていますから、屋外での使用頻度が高い方は、車椅子に乗っていただいて、屋内使用でかつインテリアとしてのデザインを求める方には、Weltzに乗っていただく。
あくまで車椅子としてではなく、オフィス用の椅子として開発してきました。
デザインもオフィスに並んでも違和感がないようにしています。
このため、後ろから見た外観はオフィスチェアとの調和がとれているんですよ。
Weltz使用イメージ。一般的なオフィスに馴染んでいる。

オフィスで「一人だけ車椅子だ、一人だけ違う椅子だ」となると、なんとなく違和感がありますよね。
高橋:Weltzを開発するきっかけとなった特注仕様の椅子では、オフィスチェアにそのまま車椅子用の車輪を付けました。
けれど付けた瞬間、一気に車椅子らしくなってしまったんです。
その車椅子らしさを消すために、Weltzは動きやすさを損なわない範囲で車輪を小さくし、スポークの代わりにカバーを車輪に付けています。
我々はオフィス家具メーカーですから。
車椅子ではなく家具にするためにどうすればいいか、試行錯誤しました。
オカムラだけでは作れなかった
高橋:佐賀大学、神奈川県総合リハビリテーションセンター、日進医療器株式会社と共同で作りました。
はじめは足で動かすWeltz-selfの開発をしていましたが、2013年から電動タイプのWeltz-EVを作り始めました。
weltz-selfは、自分の足で動かすことができるが対象の製品ですが、そうでない方にも対象を広げたのです。
オカムラだけで車輪やモーターも全て1からつくろうとしたら、きっとできなかったと思います。
株式会社オカムラは家具メーカーであって、移動を専門にはしていないので。
我々でもっていない技術は、専門メーカーの協力を得ながら開発しています。
乗ってみたい車椅子を

Weltz開発にあたって、参考になったものはありますか?
高橋:WHILL株式会社 の「WHILL(ウィル)」という車椅子です。
WHILLはとてもかっこいい車椅子で、グッドデザイン賞で大賞も受賞していましたね。
2014年の超福祉展で展示されていたのですが、私は見た瞬間に車椅子へのイメージが変わりました。

たしかにWHILLはかっこいいですよね。最近は義足や義手なんかも、優れたデザインのものが出ていますよね。
高橋:モノを通して人々の意識が変わるって、あると思うんです。
WHILLをきっかけにして、普段車椅子を使っていない人でも「乗ってみたい」と思えるようなモノが生まれたと感じています。
オフィスで使えるコンパクトさ

Weltzはどういう点にこだわりましたか?
高橋:オフィスで使えるようにコンパクトにすることと、その場での旋回性を高めることに注力しました。
私たち株式会社オカムラではオフィスの空間設計もしています。
これまで車椅子ユーザーを想定したオフィスの空間設計もしてきました。
車椅子でも通れるように通路を広げたり、ドアを大きくしてきました。
しかし、これだけでは車椅子ユーザーは整備された場所にしか行けず、自由な移動ができません。
狭いオフィスで重要なのが、小回りがきくこと。
一般的な車椅子だと奥行が大きいため、その場で向きを変えるにも大きく場所をとってしまいます。
Weltzは大きな車輪を身体の真下に配置することで、その場での旋回性を高め、小回りが利くようにしています。
Weltzは、一般的な車椅子と比べ、大きな車輪を身体の真下に配置しています。
はじめは理解が得られなかった
高橋:Weltzはこの形になるまで、長い期間を要しました。
車輪の大きさや、適切な位置がなかなか見つからなかったんです。
Weltz開発当初は、いまとは全く違う形でした。
車輪はオフィスチェアと同じくらいの小ささで、全部で6個あったんです。
できたWeltzを高齢者施設に持って行って、おじいちゃんおばあちゃん達に乗ってもらいました。
ところがいざ乗ってもらうと、全然動かなかったんです。
実験をするまでは、「動きやすい」「もうこのまま製品化できるのでは?」と思っていただけに衝撃でした。
高齢者施設ではクッションフロア(柔らかい床)を使っているので、車輪がめりこんでしまい、抵抗が大きくなっていたんです。
私たちはカーペットやPタイルなどの床を想定していたため、これは想定外でした。
また、高齢者は私たちよりも筋力が弱いということも再認識し、歩くように足を動かすだけで、移動できることを目指さなければいけないと気づきました。
このように施設で実験したことで、新しい課題を見つけることができたのでよかったです。
車輪の大きさを変えたり、位置を変えたり……何度も失敗しながら、一番良いデザインを見つけました。

まだ誰も作ったことのないものですから、開発は大変だったでしょうね。
高橋:Weltzはオフィスで使う一般的な事務用回転椅子とはコンセプトが異なります。
研究段階では協力的でしたが、製品化となると「Weltzは本当にニーズがあるのか、売れるのか」など、様々な意見が出てきました。
そんな流れを一変する出来事がありました。
Weltz開発から4年たった2016年、弊社の展示会でWeltzを紹介しました。
それまでは、表向きには一切出していなかったので、初めてのお披露目でした。
あくまで参考展示としての出品だったのですが、お客様から好評をいただきました。
これをきっかけに、実際に製品化を目指して、開発がスタートしました。

実際のお客様の声があって、流れが良い方向に変わっていったんですね。
高橋:開発に携わっているメンバーだけで「これは良いね」「これは必要だよ」と言っていても、説得力には欠けますからね。
「動く椅子」だから健常者にも
高橋:Weltzは普段車椅子を使っていないユーザーもターゲットにしています。

普段車椅子を使っていないユーザーにも、とはどういうことでしょうか?
高橋:たとえば、美術館や博物館での使用も想定しています。
美術館や博物館って結構歩きますよね。
館内に椅子は置いてありますが、限られた場所にしかないし、絵を近くで見ることはできない。
だったら、動きやすい椅子としてWeltzを置いてもらう。
そうすれば、Weltzに乗りながら展示を楽しむことができます。

たしかに、わたしは車椅子ユーザーではありませんが疲れやすい体質です。ゆっくりと座って見られるのはありがたいです。
高橋:車椅子に乗る人には、「歩くことはできるけれど、長い間歩くことが難しいため、車椅子に乗っている」という方もいるそうです。
私も東京ビッグサイトなどで開催される展示会に参加しますが、一日中動きっぱなし立ちっぱなしは、本当に疲れます。
そんなとき、施設がレンタル用にWeltzを貸し出ししてくれて、座りながらまわれたらいいのにな、と思います。

車椅子ではなく「動く椅子」と考えることで、障害の有無に限らずどんな方も気軽に使うことができますね
高橋:座ったままアクティブな動きができる椅子として、さまざまな方に使っていただくことができます。
工場や病院、学校のアクティブラーニングエリアなど……ちょっとした移動ができることでより便利になると思います。
車椅子ユーザーの声

Weltzは2018年超福祉展でも非常に注目されていました。出展されてみて、いかがでしたか?
参考:超福祉展2018開催!|福祉・マイノリティ自体のバリアをなくす
高橋:超福祉展では、直接ユーザーの声をきくことができたのがよかったです。
超福祉展には車椅子ユーザーが多くいらっしゃったので、良い意見も悪い意見も含め、生の声をきくことができました。

ユーザーの顔を直接みることができたのは大きいですね。具体的にどんな声をいただきましたか?
高橋:「車椅子っぽくなくていいね」という声をたくさんいただきました。
「Weltzは車椅子ではなく、動く椅子である」というのは、我々が大事にしてきたことです。
あくまでオフィス家具メーカーとして、家具をつくろうとしていたので、「車椅子っぽくない」という言葉は嬉しかったです。
そして意外だったのは女性からの声。
「かわいい」という声を、多くいただきました。
Weltzの椅子っぽいデザインは、女性からは魅力的だったようです。
障害者と働くことを考えさせてくれる
高橋:Weltzには、自らの足でこいで移動する「Weltz-self」と、電動で移動ができる「Weltz-EV」の2種類があります。
サンプルを提供したり、展示会に出品したりして、どんどんいろんな方に使っていただければなと思います。
製品が広く認知されれば、障害をもった方のための製品開発はどんどん進んでいくと思います。
Weltzは気付きを与えてくれる製品として、とても意味のあるものだと思っています。
Weltzを知って初めて「車椅子ユーザーの社員はちょっとした移動が大変なんだ」と気づいてくれた方々がいます。
必ずしも、その方がWeltzを購入するとは限りません。
しかし、「障害に配慮したものを、企業も用意していかなきゃならないんだ」と気づくきっかけになれたのなら嬉しいです。

働く環境がどう変わっていくのか、これからが楽しみですね。ありがとうございました。
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