障がい者アーティストの収入アップをめざして
——磯村さんが代表を務める株式会社フクフクプラスについて説明をお願いします。
フクフクプラスは「ART BRINGS HAPPINESS(アートは幸せをもたらす)」を理念に、2万点以上の障がい者アートを活用したアートレンタル、対話型アート鑑賞、アートノベルティやギフトをご提供しています。
障がい者アートの純粋で無垢な魅力を活かしながら、障がい者アーティストの収入支援と福祉作業所で働く障がい者の工賃の向上を目指しています。
——その障がい者アーティストや福祉作業所で働く障がい者の方々が、抱えている社会課題はなんでしょうか?
障がい者アーティストは体調が安定しないなど、ご自身での営業が難しい状況にあります。
結果、収入が上がらない。それから福祉作業所(就労継続 支援B型事業所)で働いている障がい者は、1ヶ月あたりの平均工賃が15,295円で、時給にすると199円(参照:「平成 28 年度工賃(賃金)の実績について」厚生労働省)です。
月5万円くらいの工賃があれば、障害者年金と合わせることで最低限の生活ができるといわれていますが、工賃を上げていくためには、福祉作業所の商品やサービスが多くの人たちに届けられ適正な価格で買っていただける仕組みが必要です。
——現状、生活する上で足りない分は親御さんなど家族の収入でまかなっているんですね。
——アート活動していても自分の活動を発信するのが難しいということを初めて知りました。障がい者アーティストって、たくさんいらっしゃるのですか?
どこまでをアート活動とするかは難しいのですが、少なくとも私たちが扱っている障がい者アートのライブラリーは2万点以上。販売実績のある障がい者アーティストで言えば、数千人以上はいるのかもしれません。
——そういったアート活動している方は普段は作業所で働いてるんですよね。
そう。もしくは、在宅の方もいらっしゃいます。
障がい者アートを価値化し、選びたくなるものに
——障がい者アートのプロモーションはどのようにされていますか?
まず、なぜ障がい者アートがいいのかを価値化する必要があると思っています。
当社独自の調査では、障がい者アートをオフィスで飾ることでリラックス効果が得られました。
何も飾らない状態と名画とを比べると、ワーカーへの癒しやリラックス効果が約1.5倍、またオフィスの息苦しさや圧迫感が52%も軽減されました。
単に社会貢献というだけでなく、ご活用いただくお客様にとって、どのようなメリットがあるかをお伝えしています。
また高齢者施設やオフィス家具メーカーとの共同研究も続けていて、しっかりとしたエビデンスを取りながら、お客様にご提案しています。
多くの障がい者アーティストは、描くことに対して、とても純粋にとりくんでいます。
きっとそれが鑑賞する人にも伝わっているんじゃないかと。
最近のワーカーは、メンタルに悩んでいる方も多いですよね。
成長著しい情報システム系の企業ほど、そうした課題を抱えています。
そうした方々にリラックス効果のある障がい者アートを届けていきたいですね。
昨今、東京オリンピック・パラリンピックに向けて障がい者アートの普及活動が活発になっています。
そもそもオリンピックはスポーツの祭典というより、文化の祭典ともいわれています。
ロンドンオリンピックでは障がい者アートの普及事業に数十億円の助成をするなど、障がい者のアート活動を支援し文化の祭典として大きな成果が得られたとされています。
その機運はリオデジャネイロオリンピックでも引き継がれ、日本でも厚労省、文科省、日本財団が障がい者アートを支援し、さらに2018年6月には「障害者文化芸術活動推進法」が全会一致で可決されました。
障がい者アートは、今、大きなうねりの真っ只中。
一方で、東京オリパラ後、この動きは一過性で終わるのではないかという危惧もあります。
そこで私たちが取り組んでいるのは、障がい者アートを“なんかいいね”から、“だからいいね”に変えること。
そうすればきっと、社会貢献に加えて“自分自身のために障がい者アートを選ぶ”という文化が醸成されるはず。
ひいては継続的に障がい者アートの普及が進むと考えています。
私たちのオフィス向けレンタルアートは3ヶ月ごとに交換するのですが、一部の地域ではその作業を福祉作業所の障がい者に担っていただいています。
福祉作業所を出て仕事をすることは、障がい者の社会進出においてとても良い機会になります。
売り上げの半分を福祉作業所と折半するのですが、これが工賃の向上につながります。
ギフトとして広め、みんなで使っていく
またアートの交換作業はお客様との貴重な接点です。
飾っていただいている障がい者アートを「会社のノベルティーやギフトにしてはどうですか?」など、いろいろなご提案ができる。
そもそも私たちの商品は全て会社のノベルティとしての活用を想定し、名入れができるようにしています。
しかも、Tシャツやトートバックなどは、オンデマンドプリンターを導入し、少数の受注にも対応できるようにしている。
企業における様々なニーズに応えられる体制を整えています。
こうすることで、オフィスを起点に障がい者アートが社会に広がっていきます。
パッケージ資材の在庫を抱えない仕組み
たとえば当社のギフトボックス、実はECショップで誰でも購入できる資材で出来ています。
そこに障がい者アートのカードやのし紙を添えているだけ。
ギフトっていろんなシーンやニーズがあって、標準的なオーダーって少ないんですよ。
一度、オリジナルのギフトボックスを作ってしまうと大量の資材在庫を抱えてしまう。
多くの福祉作業所が抱えている課題の一つです。
そこで、なるべく資材在庫を抱えない仕組みとして、汎用品を組み合わせるだけで、一定以上のデザインクオリティになるパッケージデザインにしました。
これならば、ギフトの注文毎に必要数の資材を買えばいいし、豊富な汎用品の中からギフトシーンにあわせて大きさや形を選べます。
また当社で扱っている焼き菓子のギフトは「3ヶ月後の結婚式のために300個欲しい」といった予約販売が多いのですが、納品まで1〜3ヶ月あれば大量生産が苦手な福祉作業所でも、十分に対応できる。
いろんな意味で、福祉作業所にとって製造対応しやすいギフト商材に仕立てています。
大量生産できない商品は景品としてPR
さらに、当社のギフトやノベルティにはオリジナルの福引がついています。
QRコードからアクセスいただき、福引に付いているナンバーとメールアドレスを入力いただくと、毎月29日に抽選が行われ、当選した方には全国各地の福祉作業所の逸品が届きます。
福引で、福の日(29日)に、福祉作業所から、お福分けが届けられるという福づくしの企画です。
——今日わたしが頂いた、磯村さんの名刺からでも応募ができるんですね。
はい、当社スタッフの名刺には全て福引がついています。
8月のお福分け商品は酒粕を使ったチーズケーキ、クラフトビール、そして障がい者アートのトートバッグ。熊本や金沢の福祉作業所でつくられたものです。
——わたしも福祉作業所と関わることは多かったんですが、パンやお菓子を作っているイメージが強いですね。ビールを作っている作業所もあったんですね。
全国の福祉作業所の中には、とっても美味しくて素晴らしい商品を作っているところがあります。
ただ、なかなか生産が追いつかないケースもあって全国展開が難しい。私たちは、その存在を知ってほしいという思いでやっています。
障がい者アートを社員研修に
障がい者アートをオフィスに飾ることによってリラックス効果を得られるのがわかったのですが(当社実証実験にて)さらに私たちが取り組んでいるのが、対話型アート鑑賞による社員研修です。
数人で障がい者アートを見ながら、当社のアートコンシェルジュからの問いに応えていただくというもの。
「このアートをみて感じたことを教えてください」「このアートにタイトルをつけてみてください。」「このアートの中の人物にこれから大変なことが起こります! それは何だと思いますか?」など。
とてもシンプルな方法なんですが、やってみると参加者同士の多種多様な意見に、笑ったり、驚いたり、感心したり。
ニューヨーク近代美術館で開発されたというVTC(Visual Thinking Curiculum)をベースに当社独自のアレンジを加えたプログラムで、論旨的思考力、発想力、観察力の向上が期待できます。
実際の研修の様子
ワーカーは組織で動いていますからね。
どうしても上長の指示に対して受け身になりがちです。
結果、自分の頭で考えることが少なくなってしまう。創造性より効率性、柔軟より確実に仕事をこなす中で、発想力は自然と衰えていきます。
結果、組織は硬直化します。
対話型アート鑑賞によって、本来誰にでも備わっている感受性が呼び覚まされます。
そして自由に発言することの高揚感、他者の意見の希少性に気づき、心が解き放たれたような感覚を覚えます。
昨年2017年に発売されたビジネス書の中から書店員、ブロガー、出版社、マスコミの代表、一般読者などで選出される「ビジネス書大賞2018」の準大賞は『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社)でした。
均一化したビジネスの現場で、今、アート鑑賞を起点としたプログラムが注目を浴びています。
また、『エグゼクティブは美術館に集う(「脳力」を覚醒する美術鑑賞)』(光村図書出版)では、ニューヨーカーがビジネス感覚を鍛錬するためにアート鑑賞している事例を紹介しています。
今、働き方改革にアートが活用されています。
先日、この対話型アート鑑賞とアートレンタルを組み合わせた新サービス「脳が脱皮する美術館」を発表しました。
人事部の方からは「オフィス内にアートが飾ってあれば、アート鑑賞後のフォローアップもできていいね」と大変好評です。
—-アートと働き方改革を結びつけ、さらに障がい者アーティストも巻き込む、というのは新しい取り組みですね。
社会貢献としてオフィスにアートを飾ろう、というのは今までもありました。
けれど社会貢献だとそれ以上広がる余地がないかもしれない。
私たちは、障がい者にとってもいいし、ワーカーにとってもいいwin-winのCSV型事業を目指しています。
障がい者はひらめきを与えてくれるパートナー
——磯村さんは、なぜ障がい者アートに関わろうと思ったのでしょうか?
前職は富士フイルムでデザイナーをしていました。
在職中はユニバーサルデザインを担当していて、障がい者や高齢者に商品を使ってもらい、課題を見つけ分析するということをしていました。
必然的に、多様な特性の方々との接点があったんです。
ところが、ある障がい者支援団体に行ったときに、耳の聞こえない方同士がガラス越しで手話で会話をしているのを見て「あー そんな使い方があるんだなぁ」と感心した覚えがあります。
あと驚いたのが、目の見えない方が富士フイルムの商品「写ルンです」を使っているということ。
「こんな景色のいいところに行ったんだよ」と家族とのコミュニケーションツールとして使っていたんですが、ギー、ギー、ガシャ!って、触覚と音で操作できたり、通常のカメラは被写体にしっかり向けないとシャッターが下りないんだけど、「写ルンです」はパンフォーカスと言ってシャッターを押せば、確実に撮影できる構造になっている。
目の見えない方にとって、極めて都合の良いツールだったってことに気づいて、それはもう目から鱗でした。
そこから障がい者を“支援する対象”ではなく“インスピレーションを与えてくれるパートナー”と捉えれば、デザイナーとして新しいクリエイティビティを生み出せると思ったんです。
障がいゆえに惹かれるもの
そして、あるとき障がい者アートに出会って「こんな思い切った線は僕にはとても描けない」と。
デザイナーだから絵心はあるつもりだけど、僕だったら「こんなラフな線をひいてしまってモノになるんだろうか」と不安になってしまう。
けれど、障がい者アーティストは、思い切りの良い線を大胆に描いていて、すごい!と。
これらが起点となって、今のフクフクプラスの事業につながりました。
障がいゆえに可能性が広がることがある。
そういう価値観が広がれば、支援するされるという一方通行の関係性から、互いに尊重しあえる共生社会が実現すると思っています。
編集後記
障がい者アートを使った商品や、福祉作業所の商品はこれまでもありました。
けれども、わざわざそれを買ってみよう、使ってみよう!と思えるのは、お金や心にゆとりがあるときだけ、というのが実情ではないでしょうか?
障がい者と仕事についてお話をうかがったとき「会社がうまくいっているときはいいけれども、会社がうまくいかなくなったときはどうしよう…と、残念ながら障がい者雇用をリスクと捉える経営者もいると思います」という声がありました。
参考:障害・育児・地域差……仕事の選択肢を広げる文字起こしサービス「OKOSHI」
「なんかいい」ではなく「だからいい」と理由付けをしていくことで、社会貢献としてでなく、自分のために選ぶことができるようになります。
障害者アートを社会貢献から、社員にとっていいものにしていく。
これは磯村さんの障がい者が支援する対象から、クリエイティブを共に生み出すパートナーとなったという経験から得られた発想なのではないかとも思います。
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